++アバンセライフサポート社長のつぶやき++


2018年11月30日(金)
幸せとは・・・
2018年11月1日(木)
「最少不幸社会」を目指したい!
2018年9月28日(金)
人生の本舞台は常に将来に在り
2018年7月31日(火)
未来の自分、未来の会社
2018年6月15日(金)
ダイバーシティ社会を成立させるには
幸せとは・・・
いよいよ「平成」終了まで残すところ5ヶ月半、カウントダウンが始まりましたね。
元号「平成」の額縁を持った小渕恵三氏の顔を今も鮮明に覚えていますよね。
誰が新元号お披露目の大役を担うのか、話題がつきませんね。
ひょっとして目立ちたがり屋の安倍晋三総理が「私がやる」と言うのではないかとの話もあるようですね。


私は、「平成」の元号は、陽明学者・哲学者の安岡正篤の発案だと思っていましたが、そうではないのですね。
中曽根内閣時に内閣審議室長をしていた的場順三氏の回想記には、東洋史学者の山本達郎氏の作だと書いてあります。
驚くなかれ、その10年以上前の福田赳夫内閣(昭和51年〜53年)から検討が始まり、著名な学者チームを編成、多くの候補の中から3つに絞り込み、崩御に備え温めてあったようです。
それは、「平成」「修文」「正化」の3案だったといいます。皇位の継承まで一切漏れないようにとのこと、昭和51年から天皇が崩御されるまで苦慮された(知っていることを10年以上も話せないのは思ったより苦しいことでしょう)とのことです。


もう一つ面白い話がありました。昭和20年に第二次世界大戦が終わり、明治憲法と旧皇室典範が廃止され、「昭和」の名称の法的根拠がなくなった時期、「昭和」という元号は元号ではなく通称になりました。
元号が法的根拠のない通称でよいのか、いっそ元号をなくし、西暦だけでもよいのか等、さまざまな議論がされたようです。
GHQの呪縛も解けた昭和54年にようやく元号法が成立(といっても2項目だけですが)、「第一項 元号は政令で定める」「第二項 元号は皇位の継承があった場に限り定める」とし、附則に「昭和の元号は第一項の規定に基づき定められたものとする」という文言で法的根拠が与えられ、「昭和」は戦後34年を経過した後ようやく大手を振って歩けるようになったとのことです。面白いですね。


国会という所は、原理原則を示す場所であるので、まさに万人が納得する理論構成が求められますが、元号のように実利が伴わないルールを議論する場合は何年かけても実害は無いので「勝手にやって」で良いのですが、外国人労働者受入れ議論はそうはいきません。
雇用の足元に火が付いた業界のいかに多いことか。
人がいなくて休廃業する中小企業、過疎地域を考えると、一日も早い法案通過が求められます。とうとう介護業界、建設土木の有効求人倍率が5倍を超えましたね(特に関東地方で)。
国会で、ある野党議員が「日本人と同等の賃金を約束すべきだ。景気が悪化しても日本人の雇用を圧迫しない方策をとれ」などと言っていましたが、自己矛盾もいいところで、日本人と同等の賃金がもらえるから(ミャンマーは日本の15分の1、ベトナムは6分の1)何がなんでも来日し、不法滞在者が増加するので、中米の住民が「受入れ拒否が分かっていてもアメリカに行くぞ」というのも、自らの人生、子どもの人生を考えると未来に幸せが感じられる場所を選ぶのは当然で、日本人で都会を目指す人が圧倒的に多く、過疎地域がスカスカになるのと同じですよね。
定住しない人間はコントロールがしにくいのはどんな国民でも同じで、一か所にずっと住んで一生動かない人間ほど「お上信仰」が強い。
島根県出雲市のみなさん、東京のみなさん、そして日系人のみなさん、日系人のみなさんは出雲市のみなさんより圧倒的に自由人です。東京の人たちはもっと自由人であれば良いのに、やはり農耕民族の日本人感覚です。

4か月前、鹿児島県さつま町に来日した日系ボリビア人夫婦は、日本で子育てをしたいとわざわざ田舎を選んで来てくれました。
教育のレベル、日本語の優位性、治安、安全性、全て故郷ボリビアとは雲泥の差だといいます。
デパートで迷子の案内があったときは本当に驚いたといいます。
「その子は本当に誘拐されないのかなと心配になった。
日本は本当に安全な国なのだと改めてよく分かった。
子どもだけで通学するなんてそんな恐ろしいこと…まさにカルチャーショック、日本は本当に素晴らしい。
でも…言っていいのかな。
朝から夕方まで学校、そして部活、食事時間はほんの少し。家族団らんを楽しむ時間もなく学習塾へ…国民みんながひたすら良い成績、良い会社を目指して競争している。
何が楽しいのかな。
どっちが良いのか分からなくなった。」との言葉を聞き、幸せとは何なのかを考えさせられました。
2018年11月30日(金) 




「最少不幸社会」を目指したい!
 9月26日、東京本郷のアパートで3人の子どもを殺害、母親(35歳)自らも首を吊って親子心中した事件がありました。
朝方仕事から帰宅した夫が見つけ、警察に通報しました。
その母親は周囲の人に「こどもを3人抱え経済的に将来が不安だ」と漏らしていたとのことです。
考えさせられますね。


 今年4月時点で生活保護受給者は人口の約1.8%、その半数が高齢者世帯で、その90%以上を単身高齢世帯が占めています。
高齢者世帯以外では障がい者世帯が約25%、母子世帯はわずか5%に過ぎません。母子家庭の貧困が叫ばれる中、若いお母さんは本当にがんばっています。
生活保護という扶助で支える制度は市町村財政に依存しますが、公的年金の基礎年金機能を補完する役割を果たし、様々な弱者のセーフティーネットの役割を果たさせられているところに無理があるのです。
ブラック企業が保険料を負担せず働かせると労働市場のバランスが崩れ、その「ツケ」は生活保護費として税金で賄うことになります。
生活保護と厚生年金保険は表裏一体の関係なのに、予算の出所は全く違い、互いの綱引きで今回のような不幸が起こります。
それと共に生きて生きて生き抜く力が弱くなった世相が気になります。
亡くなった母親は35歳、生まれたのはおそらく1983年、この方が小学校3年生位でITバブルが崩壊、非正規労働者がどんどん増え続け、2008年彼女が25歳で一番上の子を授かった時にリーマンショック、良い時代を全く知らずに子育てをがんばってきた。
あくまで推測ですが、そんな姿を思い浮かべます。

アメリカの政治家ベンジャミン・フランクリンは、「労働とは時間であり、時間とは貨幣である。」肉体労働も倹約も、勉強も、遊びもすべては金銭という尺度によって計量可能であるという金銭至上主義的な考え方です。
良くも悪くもグローバルスタンダード、アメリカンスタンダードの統一価値観で亡くなったお母さんも、お金以外の価値が思いつかないグローバル金満哲学の犠牲者なのでしょう。
成功するには「才能」と「努力」のどちらがより重要だと思いますか。
アメリカ人は圧倒的に「努力」と答えます。
同じ意味の質問で経営者に「あなたは従業員を採用するとき、知的能力が高い人と勤勉な人のどちらを採用しますか」と聞くとこれまた圧倒的多数の経営者は「賢い人は要らない。真面目にコツコツ働いてくれればいい」と言います。
日本ではどうでしょうか。
テニスの大坂なおみさんを見て、努力の人だと思うと自分が辛くなるので、生まれついての天才で、あんな才能は誰にもない、あんな真似は誰にもできるわけないと考え、「天賦の才能を持つ人」を別の世界の人にしたら自分が楽になる。
日本人はそう考えます。
あれ程の才能のある人でなくても、自分の中で勝ち組、負け組を作って自分を守ろうとする。
だからアメリカ発のグローバルスタンダードは日本人にとって苦しくてたまらないルールなのです。
自己責任、自己決定、自己実現というアメリカンルールを世界中に定着させることで、地域の共助が失われ、家族までちぎれ、自分のマンションの隣の部屋に誰が住んでいるのかもよくわからない社会が出現、さびしく、つらい、孤独な思いを誰にも打ち明けることができず、小さく小さくなり、最後は命まで消えていくのです。

アメリカ人は、自己責任の国だから責任が取れると思えば何をしても許されると思っているように感じます。
だから犬でもブルドッグ、チワワ、ダックスフンドなど、犬とも思えない程品種改良して形態異常とも思われるような犬をつくり出しています。
何もあそこまでやらなくてもと思いませんか。
日本ですと、秋田県、土佐犬など犬本来の持ち味をうまく引き出し、犬と人の互いが折り合いをつける共存を目指しますよね。
アメリカの黒人とアフリカの黒人の体格があまりにも違うのは、奴隷制度時代に体力の優れた者同士を交配させた結果ですものね。進化論の実証実験を人間でやったのです。


 アメリカンスタンダードをいくら不具合だと思っても、我々が社会体制を変えることは出来ません。
お金を基本にした人生観から幸せを基軸にした人生観へ。
「ゼロ成長」の時代に5%成長時代のDNAを引きずって、我々がどこまで次の時代に幸せを導けるのか。
問題が多かった民主党の鳩山由紀夫元総理は一つだけ良いことを言っていましたね。
「最少不幸社会」私たちもそれを目指したいですね。
2018年11月1日(木) 




人生の本舞台は常に将来に在り
 仕事人生の幕引きが近づいている今、私は次の車をいつ買い替えるのか真剣に悩んでいます。というのも高速道路運転自動化2020年、一般道路運転自動化が2025年と言っていたのが1〜2年早まりそうなのです。
現在はレベル2ですが、高速道路自動化はレベル3です。(図)
自動化に向けメーカーの競争は熾烈化、危険を感じると車が自動で止まる、設定した速度で自動的に加減速、前車が曲がろうが止まろうが追従走行する、駐車するときにはハンドルが自動的に動きステアリングサポートシステム、現在の車は従来では考えられないほど楽に安全に移動できる道具になりつつあります。


 AIはある程度以上のマーケットになると量産効果が出て激的にコストが下がります。
半導体一つをとってもカローラは3,000〜5,000個、プリウスは10,000個位、自動運転車は15,000〜20,000個も使うようです。

経済学者のピーター・ドラッカー氏は、「経営はマーケティングとイノベーションだ」と言いました。
「マーケティングがしっかり出来ていれば営業はいらない」とまで言っています。
イノベーションとは、「改良」「創造」「進歩」ですが、何か新しく、楽しく、良いもの、良いサービスを創り出すことが企業存続の必須要件だと言ったのです。
私は、いくらなんでもドラッカー先生それは言い過ぎじゃないですかと思いましたが、近頃は妙に納得しています。
 富士フイルムとコダックの場合も、富士フイルムはフィルムの売上げ1%以下、絶え間ないイノベーションの結果、時の変化に適応しましたが、写真フィルムにこだわり過ぎた巨人コダックは変革を望まず倒産することになったのです。

介護業界にいる人なら誰でも知っている、身体を動かさないでいると生じる生活不活発病がありますね。
骨折して固定していると驚くほど筋肉が落ち細くなり、関節が硬くなっていることはどなたも一度は経験していますね。
これは身体機能だけではなさそうです。思考力も同じです。
私は2週間も書く作業をしなくていざ始めるとパニックになります。
思考が持続しない。まとまらない、書けない・・・。書くという作業能力(脳筋力?)が2週間で衰えているのです。
今は慣れ、脳筋力回復の手順を理解しているので問題ありませんが、医者、看護師、介護士たちが条件反射のごとく言う、「お大事に」という決まり文句は、社会参加が不可能になるよう推奨しているようで、違った励ましフレーズを考えたほうがいいように私は感じています。

 年金財政が心配という人は多いですが、人生100年時代を迎え、介護保険は受給せずに人生を終わりたいと圧倒的多数の人たちが考えているように、厚生年金ももらわず人生を終えたいと考えている人が大多数になれば、年金財政収支は大きく黒字化するでしょう。
ぜひとも皆さん定年80才のつもりで一緒にがんばりましょう。
憲政の父といわれる尾崎行雄氏は95才で亡くなりましたが、亡くなる前年94才の時「人生の本舞台は常に将来に在り」と言ったそうです。すごすぎて真似できませんが、心はそうありたいと自らを鼓舞、私も励んでいます。
2018年9月28日(金) 




未来の自分、未来の会社
 孔子の言行を弟子達が記録した書物『論語』に、「七十にして心の欲する所に従えども、矩(のり)を踰(こ)えず」とありますが、私も来年数え年で70歳になります。
心の命ずるままに言動しても、少しも道理に背かず、無理なく原理原則に従っていて、だめ押しに、「この境地に到達しなければ真正の人間とは言えない」というのは、孔子も人が悪い。全ての人間が100mを10秒で走れるわけではないのに。

 さて、当社では、数か月に渡って施設長会議で、「今後の10年、会社と自分はどう変わっていくのか」と題し、みなさんに発表していただいています。
なぜこんなことをするのか。
業績が上がっている会社は社風が良いですよね。社風は誰が作るのか。
言うまでもなく経営者、施設長以上の経営幹部ですね。
その人たちを見て、従業員のみなさんはこの会社の風土に染まっていきます。

 

施設が目指すものを施設職員みんなで話し合う。
人はやりがいを求めています。
やりがいを感じさせる組織でなければ、外にやりがいを求め会社を去るか、その他大勢に埋もれてその人は終わります(宝の持ち腐れ)。
京セラ創業者の稲森和夫氏は、「人生・仕事の結果(成功度)=考え方×能力×熱意」だと言います。
それも「×」ですから、倍数で効いてきます。
能力なんて大した問題ではありません。
「知っている。やっている。出来ている。」同じ「知っている」でも、10倍も20倍も結果が違うのは「考え方」と「熱意」だと稲盛氏は言います。そして最後に、会社と個人の関係性の同期化、共有感が出てきます。そのために施設長会議で何度も振り返り、未来の自分、未来の会社を考えていただいたのです。



 制度の見える化と給与の透明性→納得性
会社と個人の人生のベクトルが合ってないと力は入りません。
そうなると、甘え、依存、他責が自律、自立、自責に変わり、みんなで考えるようになります。
現状とゴールの間にあるギャップは何か。(図3)



最後に、一つ大切なことがあります。
この会社の存在目的です。
二宮尊徳(金次郎)は、「道徳なき経済は罪悪であり 経済なき道徳は寝言である」と述べています。
驚いたことに、現在の青年は、30歳で年金を計算しています。
私たちの世代では考えられません。
私たちは年金生活が待ち遠しい世代です。
現在の若者は、不安で不安でたまらない。
私たちは老いを支えるだけではなく、若い人たちに安心してがんばってもらえる、まさに安心社会の創造を目指しているのです。
利用者のお年寄りを見ていただくことで、老いへの不安を無くし、そして「全ての人が身の丈に合った人生を楽しむことができる」そんな社会を創造するのが、当社の10年後なのです。でも10年では道半ばですよね。
2018年7月31日(火) 




ダイバーシティ社会を成立させるには
 中国から日本式介護を学びたいとの要請があり、当社から1人送り出すことになりましたが、教育を受ける中国側介護職員はほとんど女性のため、人選に悩んでいたところ、1人の女性職員が手を挙げてくれました。本当に助かりました。

 当社は女性が圧倒的多数(男性職員113名、女性職員491名)で、女性活躍社会と言いながら、役職者は男性6名、女性2名というバランスの悪い組織です。
私たちの会社だけではありません。
ダイバーシティ社会を成立させようとする国会議員においても、衆議院は男性475名、女性44名、女性比率は約9%です。男女雇用機会均等法がよく国会を通過したものですね。
ダイバーシティが口先だけの国日本。
例えば、内閣府「平成25年度 高齢者の地域社会への参加に関する意識調査」(図1)によると、「65歳を過ぎても働きたい」と回答した人が約70%を占めたにもかかわらず、65歳以上女性の労働力人口比率(図2)はなんと16.5%、およそ6分の1の人しか働いていないのです。
女性の健康寿命は全国平均で74.79歳(2016年時点)、それで年金財政の破綻を心配するなんておかしな話ですね。



ニートと引きこもりについて考えてみます。
どう違うのでしょうかね。
以前テレビで紹介されていた秋田県藤里村白神山地のふもとにある人口3,800人の小さな町です。
町の社会福祉協議会 菊池まゆみ会長が引きこもりに気付いて調査してみると、その数100人以上、町の現役世代のおよそ10人に1人という驚愕の実態がそこにあったのです。
それも多くが20〜30代の人たちでした。
日本全体では約77万人、これだけの若年無業者が働くことなく親の扶養で生きているのです(図3)。

障がいがあるみなさんも一般の人と同じペースで働くと難しいですが、自分のペースで働けば何も問題はない人たちですよね。
100m走を11秒以内で走ることや、視力2.0以上であることを基準にすれば、ほとんどの人は障がい者になってしまいますよね。
さて、ここからが本題です。冒頭のような女性の社会参加、ダイバーシティがなぜ一般的にならないのか。
これだけで20〜30ページになりそうです。図4をご覧下さい。この図だけで女性は日本に生まれたことが不運だったかと考えてしまいますよね。後は来月のお楽しみにとっておきます。
2018年6月15日(金) 




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