アバンセライフサポート・ファウンダーのつぶやき

「最小不幸社会」を目指したい!

  9月26日、東京本郷のアパートで3人の子どもを殺害、母親(35歳)自らも首を吊って親子心中した事件がありました。
朝方仕事から帰宅した夫が見つけ、警察に通報しました。
その母親は周囲の人に「こどもを3人抱え経済的に将来が不安だ」と漏らしていたとのことです。
考えさせられますね。

  今年4月時点で生活保護受給者は人口の約1.8%、その半数が高齢者世帯で、その90%以上を単身高齢世帯が占めています。
高齢者世帯以外では障がい者世帯が約25%、母子世帯はわずか5%に過ぎません。母子家庭の貧困が叫ばれる中、若いお母さんは本当にがんばっています。
生活保護という扶助で支える制度は市町村財政に依存しますが、公的年金の基礎年金機能を補完する役割を果たし、様々な弱者のセーフティーネットの役割を果たさせられているところに無理があるのです。
ブラック企業が保険料を負担せず働かせると労働市場のバランスが崩れ、その「ツケ」は生活保護費として税金で賄うことになります。
生活保護と厚生年金保険は表裏一体の関係なのに、予算の出所は全く違い、互いの綱引きで今回のような不幸が起こります。 それと共に生きて生きて生き抜く力が弱くなった世相が気になります。
亡くなった母親は35歳、生まれたのはおそらく1983年、この方が小学校3年生位でITバブルが崩壊、非正規労働者がどんどん増え続け、2008年彼女が25歳で一番上の子を授かった時にリーマンショック、良い時代を全く知らずに子育てをがんばってきた。
あくまで推測ですが、そんな姿を思い浮かべます。

  アメリカの政治家ベンジャミン・フランクリンは、「労働とは時間であり、時間とは貨幣である。」肉体労働も倹約も、勉強も、遊びもすべては金銭という尺度によって計量可能であるという金銭至上主義的な考え方です。
良くも悪くもグローバルスタンダード、アメリカンスタンダードの統一価値観で亡くなったお母さんも、お金以外の価値が思いつかないグローバル金満哲学の犠牲者なのでしょう。
成功するには「才能」と「努力」のどちらがより重要だと思いますか。
アメリカ人は圧倒的に「努力」と答えます。
同じ意味の質問で経営者に「あなたは従業員を採用するとき、知的能力が高い人と勤勉な人のどちらを採用しますか」と聞くとこれまた圧倒的多数の経営者は「賢い人は要らない。真面目にコツコツ働いてくれればいい」と言います。
日本ではどうでしょうか。
テニスの大坂なおみさんを見て、努力の人だと思うと自分が辛くなるので、生まれついての天才で、あんな才能は誰にもない、あんな真似は誰にもできるわけないと考え、「天賦の才能を持つ人」を別の世界の人にしたら自分が楽になる。
日本人はそう考えます。
あれ程の才能のある人でなくても、自分の中で勝ち組、負け組を作って自分を守ろうとする。
だからアメリカ発のグローバルスタンダードは日本人にとって苦しくてたまらないルールなのです。
自己責任、自己決定、自己実現というアメリカンルールを世界中に定着させることで、地域の共助が失われ、家族までちぎれ、自分のマンションの隣の部屋に誰が住んでいるのかもよくわからない社会が出現、さびしく、つらい、孤独な思いを誰にも打ち明けることができず、小さく小さくなり、最後は命まで消えていくのです。

  アメリカ人は、自己責任の国だから責任が取れると思えば何をしても許されると思っているように感じます。
だから犬でもブルドッグ、チワワ、ダックスフンドなど、犬とも思えない程品種改良して形態異常とも思われるような犬をつくり出しています。
何もあそこまでやらなくてもと思いませんか。
日本ですと、秋田県、土佐犬など犬本来の持ち味をうまく引き出し、犬と人の互いが折り合いをつける共存を目指しますよね。
アメリカの黒人とアフリカの黒人の体格があまりにも違うのは、奴隷制度時代に体力の優れた者同士を交配させた結果ですものね。進化論の実証実験を人間でやったのです。

  アメリカンスタンダードをいくら不具合だと思っても、我々が社会体制を変えることは出来ません。
お金を基本にした人生観から幸せを基軸にした人生観へ。
「ゼロ成長」の時代に5%成長時代のDNAを引きずって、我々がどこまで次の時代に幸せを導けるのか。
問題が多かった民主党の鳩山由紀夫元総理は一つだけ良いことを言っていましたね。
「最少不幸社会」私たちもそれを目指したいですね。

2018年11月1日(木)

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