アバンセライフサポート・ファウンダーのつぶやき

コロナ後の世界

  「人の命は地球より重く、自由は何よりも尊い。」この言葉に縛られ、身動きのとれない日本は、新型コロナウイルス問題の全てを「自粛」という名の自己責任に転嫁して対応、処理しようとしましたね。良くも悪くも国家には戦略があり、方針があります。イタリア政府は、80歳以上の新型コロナウイルス感染者への治療を断念し、若い人たちを優先して通常の入院や手術を受け入れ、高齢者は自宅や施設から動かないように指示しました。ブラジルは、感染者が集中するファベーラ(貧民街)の消毒も政府は関与せず、民間のボランティアがNGOの寄付で行いました。これを機に数百万人が居住するファベーラを「貧困者が住む街」から「危険で命の保証が出来ない貧民街」に仕立て上げ、貧民街そのものを一掃しようとしていますね。全てが市場原理のアメリカは経済を優先、6月27日現在、感染者は250万人を超え、死者は12万5,000人余り、1日4万5,000人ほど感染者が増えているのに経済を再開、ワクチン開発を始め新型コロナ関連の医療ビジネスが一人勝ちになっています。新型コロナウイルスに感染し、シアトルの病院に62日間入院した男性は、集中治療室1日約105万円、人工呼吸器の使用料金1日約30万円、その他の費用を合わせ約1億2,000万円の請求書を受け取ったとの報道もありました(幸いその男性は公的医療保険制度の対象のため請求額の全部を支払うことはないようです)。新型コロナ問題は、新たな南北格差、階層社会の矛盾を映し出してくれました。施設や企業の在り方についても考えさせられましたね

  日本の行政システムは縦割りで、医療、福祉、障害者は全て管轄部署が異なります。私たち福祉事業者もそれにならって組織を編成、資格者も必要となります。そして上下関係も出来て意思疎通や人間関係まで縦割りになっています。指示がないと動けない集団が出来上がり、今回の新型コロナウイルスのような経験値で判断できない事案が来ると、日本国も自己責任として国民に丸投げ、国民も私たち事業者も行政の指示待ちになり、自分の考えがないものだから誠に窮屈な運営を強いられます。コロナ後の社会に求められるのは、トップダウンやボトムアップの縦割り発想ではない、京セラのアメーバ経営や星野リゾートの共創型運営がコロナ後の世界なのかもしれないというのが私の仮説です。星野リゾートでは、経営破綻したリゾート施設の再建は、まずスタッフが自由に発言し、社長やマネージャーは考えをまとめる手助け役や意見の聞き役に徹しています。一例を挙げると、星野社長はスキー場のゴンドラ担当スタッフ7名に夏期に何をするのか考えてくれと言い、コロナで激減したインバウンドで仕事のない職員に何をすれば良いのか考えさせ、議論させています。結果的に近場の客層に地域のおいしいものを提供し、地域の良さを知っていただくためにまず自らが知る必要があると雇用調整助成金を申請、農家で働く人も現れ、社内だけではなく地域との共創が出現、シナジーが出て社員一人ひとりが自ら考え、情報を発信する人が出てきたと言います。

組織図

  資本主義社会は多くの点で私有を優先し、競争原理で社会の進歩を促します。生産性は増し、技能は向上、絶えざるイノベーションはとどまることを知らず、DNAの解析など命の根源にまで入り込み、全て結果を勝ち負け、儲かる儲からないで評価しようとします。私有は限度を超えると個人主義、利己主義になります。中央大学の山田昌弘教授は、結婚適齢期で一家を養える独身男性、例えば年収550万円以上の人は(この数字の理由は、独身女性が希望する男性の年収が550万円だから)3.5%しかいないといいます。だから生涯未婚率は増えるばかり、「リスクを冒して結婚しても幸せになる保証はないなら、無理する必要はないよね」という考えが少子化につながっているようです。家族がちぎれつつあるので、世帯収入を考えて人生設計する人もいなくなります。私たちも新たな組織の在り方、共同体を考える必要がありそうですね。

2020年7月31日(金)

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