長い時間と深い理解が必要
    私は今、岐阜県中津川市の山あいにある山荘でこの原稿を書いています。窓の外では川のせせらぎが聞こえ、小鳥たちがさえずり、静かな時間がゆっくりと流れています。ひとりで「ぼーっ」と過ごすこのひとときは、何とも言えない心地よさがあります。
    この山荘は、私がアバンセコーポレーションを退職した際の退職金で購入したものです。1990年に建てられた2LDKの建物で、価格は250万円。子どもたちからは「もう少し広い別荘を」と言われましたが、私は1人で静かに過ごす場所が欲しかったので、これで十分。これ以上の広さは必要ありません。休みになるとここで時間を過ごしています。「ラーゴム」の話に戻りますが、北欧の人々が大切にしている価値観で、「多すぎず、少なすぎず、ちょうどいい」という意味です。この山荘も、私にとってはまさに“ラーゴム”な空間です。
    さて、日本では定年退職後も「社会の役に立ちたい」「少しでも収入を得たい」と考える人が8割以上いると言われています。一方、スウェーデンではそのように考える人は2割程度。多くの人が「もう十分働いたのだから、これからは社会のためより自分のために、好きなことをしてのんびり暮らそう」と考えるそうです。
    日本は、アメリカに留学して成功した人たちが社会をリードしてきた国です。しかし、現在のアメリカでは「アメリカを再び偉大に」と掲げるドナルド・トランプ大統領が、共和党内のライバルや民主党、さらには自分の意にならぬ他国までも“敵”と見なし、全て勝ち負けで評価するような言動を繰り返し、国民の半数以上が支持すれば何をしてもよいというような風潮が、社会の分断を深めているように感じます。日本の政治や経済も、多数決による民主主義のもとで物事が進み、取り残された人々は「自己責任」として切り捨てられていく傾向があります。
ここで、日本・アメリカ・スウェーデンの年金制度を比べてみましょう。
| 日本 | アメリカ | スウェーデン | |
| 受給開始年齢 | 65歳 | 66歳 | 63歳 | 
| 平均受給月額 | 14万3千円 | 15万1千円 | 22万8千円 | 
| 受給に必要な加入期間 | 25年 | 10年 | なし | 
| 保険料率 | 18.3% | 12.4% | 18.5% | 
    保険料率と受給額を見比べると、日本では18.3%の保険料率で14万3千円、スウェーデンでは18.5%で22万8千円が支給されます。スウェーデンの高齢者が、よりゆとりある生活を送っていることがうかがえます。
    北欧の国々には、日本のようなコンビニエンスストアはほとんどありません(都市部を除く)。スーパーも夜8時には閉まり、日曜日はお休み。意味のない競争はしないので、時間あたりの生産性は高く、生活の質を大切にしているのです。利便性を優先する日本、幸福度を優先するスウェーデン。アメリカはというと、格差を容認、低賃金の労働者が多く存在します。その一方で、競争を勝ち抜いた人には、限りない富と自由が待っている社会です。
    日本は、北欧とアメリカのちょうど中間にあるような国です。かつては「一億総中流」と言われた時代もありましたが、今ではアメリカ型の格差社会へと近づいているように感じます。果たして、どちらの生き方が幸せなのでしょうか。
    最後に、スウェーデン人なら誰もが知っている「ヤンテの掟」についてご紹介します。これは、作家アクセル・サンデモーセの小説に登場する架空の町「ヤンテ」に伝わる戒律で、次の10か条から成り立っています。
- 1. 自分を特別な存在だと思ってはならない
- 2. 自分が他人と同じくらい優秀だと思ってはならない
- 3. 自分が他人より賢いと思ってはならない
- 4. 自分が他人より優れていると想像してはいけない
- 5. 自分が他人より多くを知っていると思ってはならない
- 6. 自分が他人より重要だと思ってはならない
- 7. 自分が何かに秀でていると思ってはならない
- 8. 他人を笑ってはならない
- 9. 誰かが自分を特別に思ってくれると思ってはならない
- 10. 他人に何かを教えられると思ってはならない
日本の三陸海岸のような北欧のフィヨルド地帯には、満足な道路もなく、冬には一日中太陽が昇らない日もあります。そんな厳しい自然の中で、人々は助け合い、支え合う文化を築いてきました。福祉を制度として取り入れることはできても、それを文化として根づかせるには、長い時間と深い理解が必要なのかもしれません。
2025年10月27日(月)



