アバンセライフサポート会長のつぶやき

同じ時代に生きる仲間として、いかに連帯して幸せに生きるか

  LGBT法案が可決されましたね。この法案は理念法(規制や罰則のない法律)ですが、努力義務が課せられることになっています。今回のLGBT法案の修正案で最も強調されているのは、「戸籍上や身体的な性別ではなく、自分が自分の性別を一貫してどう思っているのか」ということのようです。外見が男であっても、「私は女性です」と考え主張すれば、女性として扱わなければならないことになります。国会で紛糾し、党議拘束があっても「腹の調子が悪い」と言ってトイレに立てこもり、採決を拒否した議員までいたのは、あまりに常軌を逸した法律の制定へのアンチテーゼとして至極当然かもしれません。
  時折女風呂、女子トイレ、女子更衣室に男性が潜入することがありますが、今後はその男性が「私は女性です」と言えば免罪符となり、「誰が見てもあなたは男性です。出て行ってください。」と言えなくなる法律です。裁判になっても「私は女性です」と言えば負けることはありません。アメリカ、ヨーロッパなどのキリスト教国は一神教で、論理的に考え、曖昧さを嫌い、白か黒かの線引きをしたがりますね。論理の国では、男性と女性の種別についても曖昧さをなくすために種別をしたがりますね。
  私はこう考えています。男性と女性は2種類ではありません。

段階図

  私たちが子どもの頃も性的マイノリティのみなさんは沢山いましたが、それで争われることはなかった。「強男性と弱女性を仕分け、障がい者も人格障がい者や境界型まで含ると先ほどの70 種類からまた50~100種類ほどに分解できる」、そんな社会が幸せな社会と言えるのでしょうか。
  鎌倉時代初期の歌人、随筆作家に鴨長明さんがいますね。下鴨神社の禰宜(ねぎ)・長継の息子でありながら、跡目争いに疲れ隠遁生活に入られたことで有名な方ですね。(この方の人生も面白いので、機会があれば何か読んでみてはいかがでしょうか。)長明さんの随筆に『方丈記』がありますが、冒頭はこんな文章で始まります。

  行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。玉しきの都の中にむねをならべいらかをあらそへる、たかきいやしき人のすまひは、代々を經て盡きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。或はこぞ破れ(やけイ)てことしは造り、あるは大家ほろびて小家となる。住む人もこれにおなじ。所もかはらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。あしたに死し、ゆふべに生るゝならひ、たゞ水の泡にぞ似たりける。知らず、生れ死ぬる人、いづかたより來りて、いづかたへか去る。又知らず、かりのやどり、誰が爲に心を惱まし、何によりてか目をよろこばしむる。そのあるじとすみかと、無常をあらそひ去るさま、いはゞ朝顏の露にことならず。或は露おちて花のこれり。のこるといへども朝日に枯れぬ。
或は花はしぼみて、露なほ消えず。消えずといへども、ゆふべを待つことなし。およそ物の心を知れりしよりこのかた、四十あまりの春秋をおくれる間に、世のふしぎを見ることやゝたびたびになりぬ。

(鴨長明 『方丈記』より)

  しょせん私たちは大河の一滴、同じ時代に生きる仲間と勝つか負けるかではなく、いかに連帯して幸せに生きるか、私たちも鴨長明さんから学ばせていただきましょうか。

  

2023年06月30日(金)

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