アバンセライフサポート・ファウンダーのつぶやき

細く長く働く

  私の住む愛知県一宮市は、喫茶店のモーニングサービス発祥の地とも言われています。私も「一宮モーニング」によく行きますが、そこで読む週刊誌は、近頃病気と年金と相続の話ばかりです。よくもそれだけネタがあるなと思うほど、毎週出てきます。夢や希望を語るより、不安を煽る話題の方が販売部数が伸びるようで、出版業界も競争社会で生きて行くには仕方がないことなのでしょうね。
  サラリーマンの定年退職の平均年齢は、私の若い頃は55歳が主流でした。その頃の年金設計は、定年後の余命を15~17年程で想定して組んであり、平均寿命が72歳の時代はそれで良かったのですが、2018年の平均寿命(0歳の平均余命)は、男性81.25歳、女性87.32歳(厚生労働省「2018年簡易生命表の概況」より)、私の年齢(69歳)まで生きた人の余命はそれプラス4~5歳、年金制度は17年どころか、40年掛けて30年間もらい続ける制度になっています。こんな制度が成り立つわけがありません。とことんまで働いて働いて払い続けるのか、それとも開き直って福祉(年金)のお世話になるのか、この二択しかない人生は生きるのにプレッシャーがかかり、いかにも辛いとみんなが考えるようになりましたが、では、具体的にはどうするのが良いのでしょうか。

  サミュエル・ウルマンというアメリカの実業家によって書かれた「YOUTH(青春)」という詩があります。その一部を抜粋して紹介します。

  青春とは臆病さを退ける勇気
  やすきにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。
  ときには、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。
  年を重ねただけで人は老いない。
  理想を失うとき はじめて老いる。

                                                                        (作山宗久氏 訳)

  現在69歳の私は、来年以降の免許証の更新に認知症テストが義務付けられます。みなさんは私を変人扱いにしますが、私は「肉体は殻」ではないかと思っています。死後の世界を経験して戻った人は、体外離脱を経験している人が多くいます。日本もアメリカもヨーロッパの人も一様に意識が体を脱けて、それが高い所に行き、自分の体や自分を取り囲んでいる家族や医者の姿を見る、多くの人が同じ体験をして、あちらからこちらに戻ってきます。イエスキリストの復活も同じかもしれません。神道でも、神社に鳥居があるのは、人の霊は体の外でも鳥のように飛び回れると思ったのでしょうね。
  ノルウェーで行われた調査で、中高年のサラリーマン2,000人を集めて1,000人ずつ2つのグループに分け、一方のグループには定期健診もせず、アドバイスもせず、そのままで放置しておき、他方は何人もの医者をつけ、定期的に健康アドバイス、チェックを行い、2年後に両グループの健康状態をチェックしたところ、驚くなかれ、医師からアドバイスや診察を受けていたグループの方が不健康で病気にかかっている人が多かったといいます。「医原病」は本当に存在するのですね。まさにサミュエル・ウルマンの心構えが大切だとご理解いただけますね。
  学ぶ(22年)→働く(40年)→年金生活(30年)→死。年金生活と死との間が非常に長くなり、年金、医療費の財政破綻を始めさまざまな問題が起こるようになりましたが、この30年を二つに分け、前半の15年は半労半福祉として社会に貢献、後半の15年は死を意識しながら、今まで身につけた技術、知識、経験、資産、財産などを自分の周りに還元し、人生のバランスシートをゼロにして死を迎える、こんな人生を私は目指しています。
  これもノルウェーの話だったと思いますが、社会学者による「老人はいつ死ぬのか」という調査で、亡くなった人の誕生日を調べ、亡くなったのはその前か後かという検証が行われました。それによると、死亡率は誕生日の50日位前から急に低下し、誕生日で最低になったそうで、当日に亡くなる例はほとんど無いといいます。人間は目指すものがあれば、一定の寿命まで生きる楽しみや生きがいを持ち、一方、病気の心配をお医者さんに繰り返し植えつけられることで、知らない間にストレスが増し、ストレスは免疫力や抵抗力を弱めるので、人は心も身体もダメージを受け、衰弱していくのですね。
  社会の動きに背を向けず、コンピューターのように何もかも覚えているのではなく、嫌なことは忘れ、適度な刺激のもとで生きていく。人と関わることで、身なりも言葉遣いも気配りも失わず、頭は大車輪で働く。細く長く働く。長生きする。それが年金財政を維持する最大の秘訣なのでしょうね。

2019年9月30日(月)

▲ページトップへ