アバンセライフサポート・ファウンダーのつぶやき

大変革が今始まろうとしている

  ギリシャ神話に「パンドラの箱」という話があります。万能の神であるゼウスの命令で、忠実な部下ヘーパイストスは泥で女性を造りました。ゼウスが泥人形に命を与えると、それは美しい女性となり、パンドラと名付けられました。彼女のあまりの美しさに魅せられ、たくさんの男が贈り物を持ってきたが、その中に一つの箱がありました。「この箱は絶対に開けてはならぬ」と言われましたが、そう言われると余計気になるもので、遂に我慢できなくなった彼女は、蓋をこっそり開けたのです。そこから飛び出したのが、病気、恨み、復讐、恐れ、悲しみなどのあらゆる災いでした。パンドラは慌てて蓋を閉めましたが、時すでに遅し、たった一つ希望だけが箱の底に残り、あとは全て放出されてしまいました。人間はこの時から、死や不安や憂いにいつも悩まされるようになり、心の中の小さな希望を頼りに生きるようになったのです。時が経ち、人間が増えていきます。他人をだまし悪いことをする人、怠け者、争いばかりが増え、神々を崇拝する心を持った人、謙虚な人などどこにもいなくなり、毎日攻め合い、罵り合うすさんだ社会になっていきました。それを見ていたゼウスは、人間を造ったのは失敗だ、一度全てを滅ぼしてしまえと考え、空の雨雲を全て集め、雨を降らせ、大洪水を起こし、人間を溺れさせ、消滅させたのです。しかし、一組の夫婦は生き残りました。預言者プロメテウスの息子とパンドラの娘です。この夫婦は生き残ったものの、誰もいない社会は寂しく、何を食べても、何をしても楽しくありません。ゼウスに相談しても、もう人間を造るのはこりごりだと言うので、女神テミスにお願いして造り方を教えてもらいました。簡単なことでした。母親の骨に見立てた石を背後に投げるだけ、二人はせっせと投げ続け、再び元の社会を造り戻したというお話です。
  長い長いお話は要約しても長く、私の文章力の拙さもありお付き合いいただくことになりました。何が言いたかったのか。人間社会は時には不合理なことも、排除も、嫌なことも、嫌な人間と付き合わざるを得ないこともある、誠に生き辛い動物の社会ですが、これも含めて人間の性だと考えます。孤独に、孤立して生きて行くわけにはいかないのです。自分なりに心と折り合いをつけ、受け入れる。これをストレスと考えず、適度の刺激と考えることが、楽しく生きる秘訣なのかもしれませんね。

  人間は、「人と人との間において成り立つ生物」です。全くどんな集団にも属さない人はいません。細かく分けると、家族、親族、町内会、囲碁、将棋、ゲートボール、同業者団体、気の合う仲間まで…人間は群れたがる動物なのです。
  政治学者のイワン・クラステフは、「デモクラシー(民主主義)は包容ではなく、排除の手段になりつつある。」と言いましたが、我々日本人も、「日本国」に所属しています。どこかにつながることが安心の強化になっているのです。だから私などはいくつ所属しているか分からないほどつながっています。朝起きて何も予定がない、誰とも会わない、役立ち感もない、生きていても仕方がないと思うくらい社会とのつながり感が途絶えた時、人は自殺を考えるのかもしれませんね。日本の現政権、右派ポピュリスト政党も、彼らが愛国的、保守的なのではなく、反動的言動が受け入れ易い現代の社会風土(つながり感が弱く不安だから誰か私を守って)に乗っかった結果なのでしょうね。

  先日、私の町内会で町内に監視カメラを付けようという議案が出たようで、20数軒の内1軒だけが反対し、監視カメラの取り付けはお蔵入りになりました。民主主義は多数決が基本で、少数を排除した方が多数派の共感度が上がり、「あなたもそう思うの。私もよ。」と連帯は深まります。逆に個人主義はたった一人の人も大切にする制度で、どれほど多数の人の安心が担保されても、一人の「監視されたくない」の一言で、多数の安心が排除される。最近問題になった東京青山の保育所の話も、「子どもがいないとこの町は将来どうなるの」より、「今の年寄りが平和に暮らしたいんだ」が優先される社会が、民主主義下の個人主義なのです。ここから分断が始まります。お年寄りだけを囲い込む。障害者も、外国人も、正規労働者も、非正規労働者も、産業も、地域も全て分断して、同質系の人たちだけで組織する。同質系の人たちだけ集まると問題は起きませんが、部分最適は全体不調和につながっていきます。利害調整は政治が行いますが、そこにポピュリズムが機能するので、より複雑化し(本当は複雑に見せているだけ)、結果的に声の大きい方の発言が優先され、社会は自己責任が問われ、幸せとはかけ離れていきます。

  イギリスの元首相、ウィンストン・チャーチルは、「民主主義は最悪の政治と言える。これまで試みられてきた民主主義以外の全ての政治体制を除けばだが。」と言いましたが、多数派が本当に健全な判断力を持つのか、逆に少数の間違った判断による暴走で、多数の権利が侵害されないのか、成熟した社会に、資本主義に合わないなら、より良い社会体制とはどのような形なのか、教えてくれる先生はいません。産業革命以来の大変革が今始まろうとしているのでしょう。

2019年10月31日(木)

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