格差社会
私事ですが、近頃目の横を何かが飛んでいたり、右や左に何かが見えて、目線を合わせるとそれは消え、いつもの正常な状態に戻る何とも不可思議な現象を経験することがあり、知り合いの医師に聞くと、「飛蚊症じゃないか。年を取ると仕方がないね。」と言われます。私は右耳の聴力がほとんどなく、「これは老人性難聴だ」と言われ、仕方がないと諦めていますが、ジージー、ゴーゴーの音とともに人の声のような音が聞こえてくることも時々あります。若い人には分かりにくい話でしょうが、年を取ると見えないものが見え、聞こえないはずの音が聞こえてくる。老化とは面白いものですね。まだ認知症の一歩手前でしょうが、来月(5月)75歳の後期高齢者となる我が身の首筋の寒さを少しずつ感じてくるようになりました。年を取り、認知が出て、亡くなった人が呼んでいる。霊界が見えるとか、死が身近に感じられ、この世とあの世の区別がつきにくくなって死ぬことがあまり怖くなくなる、神様は人間を上手く創ってくれていますね。人は死ぬとどうなるのか。仏教では「輪廻転生」といって、人は生まれ変わると教え、キリスト教やイスラム教では、神のもとに行くのだから死ぬことを必要以上に不安視せず、安心しなさいと教えます。しかし、多くの日本人は宗教心が弱く、亡くなると消滅、無になるのではと考え、死への恐怖心が消え去ることはありません。なにせ、誰も生き返って報告してくれる人がいないのですから。
日本は世界で一二を争う長寿国ですが、死の恐怖をビジネスにしている人たちがたくさんいます(サプリメント、宗教、医療、製薬会社など)。アメリカは最近寿命が短くなったようですね。お金がない人は寿命もそこまでで、全て自己責任と考え、寿命格差を容認する社会。人の命は地球より重いなんて言いながら、格差社会を容認する日本では、一億総中流を標榜しながら、中流向けの有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅を補助金まで付けて建設させましたが、中流が薄くなり、富裕層と貧困層だけが分厚くなる歪な社会が出現、中流層向けであった有料老人ホームやサ高住に空きが目立つようになりました。この「死」という人類永遠のテーマを認知症という素晴らしい治療法で和らげてくれるのですから、神様は(あるとすれば)、まさに創造主なのでしょうね。
最近こんな話を聞きました。生活保護に関して、「働いたら罰金、働かないとボーナス、旦那がいると罰金、いないとボーナス、長生きしたって仕方がない。70歳、80歳まで私は生きたくない。」格差社会で人生を諦め、刹那的に生きる人が増えています。――この件についてはまたの機会にお話ししましょうか。
2025年4月30日(水)